真珠の世界的権威「Mr. Pearl」に、真珠にまつわるあれこれを教えていただく短期連載「Mr. Pearlの真珠人生」。
3回目の今回は、日本の真珠を世界に広めていったMr. Pearlの若い頃のお話です。
――真珠一筋の人生を歩んでこられ、今もその人生の旅を続けていらっしゃいます。ご自分の真珠人生を振り返って、改めて何を思いますか。
いろいろな人生の歩み方があると思いますが、いずれにせよ、一つの仕事をライフワークとして続けていくなら、何よりも仕事に興味を持つことです。野球選手のように、小さな頃から人生の目標が定まる人もいるでしょうが、多くの人はそうではないですよね。私だって、子供時代、「真珠の研究者になる!」なんて考えなかったですから(笑)。
――真珠が一生のライフワークになるまでに、どんなふうに仕事に向き合ってこられましたか。
縁あってミキモトに入社し、「やらねばならない仕事」として真珠に向き合うなか、だんだん真珠に魅せられ、もっともっと日本中に、いや、世界中に広めたいという気持ちが生まれました。「やらねばならない仕事」がいつしか「やりたい仕事」になっていった。でも、「やりたい仕事」をするためには、英語能力や専門知識が必要です。だから、その両方を身に着けようと勉強しました。そうしたスキルを手に入れたことで「やりたい仕事」を「できる仕事」に変えられた。そこでようやく、真珠を一生の仕事にするんだ、と腹をくくることができたと思います。
――真珠の魅力を広める、というミッションに日々邁進する中で大切にしたことはなんですか。
いろいろありますが、特に大切にしたのは「出会い」。真珠業界は比較的狭い世界ですから、キーパーソンを含めて、自然と出会いが多いもの。最近はグローバル化とインターネットで、人と会わなくても情報を入手できる――とされがちですが、そうではない。とても重要な情報は、やはり人が持っていて、そうそう出回らないのです。だから、情報を持つ彼らに頼るのがベスト。そのさい、出会いを1回限りにせず、信頼関係を育て、お互いに助け合うのが、結局、いちばんです。
――なるほど、それは真珠業界に限らず、大切な心構えですね。
それから、現場を良く知る、というのも大切です。1966年(昭和41年)にミキモトに入社してからしばらくは、真珠加工の実態を把握するために、加工工場で実際に作業に加わって、汗を流しました。「加工を知らずして、真珠を語るな」ということで、しっかりとした現場経験をした人間でなければ、良い珠の仕入れはできません。実は社内のトラブルに巻き込まれ、研究職から真珠の選別現場に異動させられた時期があります。でも、手を抜かず、マジメに選別作業に取り組んだところ、真珠の品質を正確に見分ける力がつきました。これはその後も本当に役に立った経験で、私の大きな財産です。厳しい真珠の仕入れの現場で、ごまかしを指摘でき、舐められらなかったのは、真珠を見る目があったからこそ。ただし、真珠の選別の現場はなかなか大変で、若かったから集中できたんだと思います。年を重ねると、体力的にきつい仕事ですからね。若いうちに苦労は買っておけ、というのは本当ですよ。
――研究者として入社したのに、営業部門に異動になった時はどんな気持ちでしたか。
1977年(昭和52年)のことですね。東京の真珠研究室から、神戸支店の海外事業部に転勤になりました。皆は「赤松が営業に!?」と驚いていましたが、私自身は扱うものは変わらず真珠ですから、それほど違和感ありませんでした。高度成長期からバブルへと時代が動いていく頃で、それはもう忙しかったですねぇ。私は連(クラスプをつけずに糸を通しただけのネックレス)担当で、海外のバイヤー向けに輸出する仕事でした。注文に応じた連をミキモトの養殖真珠で用意し、それでも珠が足りない時は外部から厳選して仕入れてロットをつくり、値付けをして、バイヤーに買ってもらい、売れた真珠をすべて真珠検査所に持ち込み、輸出検査を受け、ライセンスをつけてパッキングして通関業者に渡すのです。
――改めて伺うと、海外に真珠を輸出するには、たくさんの作業と段階が必要なんですね。とても忙しそうです……。
そのうえ、バイヤーはあの手この手で値切りますからね(笑)。丁々発止のやりとりをこなすのも仕事のうちです。
――ちなみに、どんな丁々発止のやりとりがあったのですか。
この連は微妙に珠の品質が合っていないとか、小さなキズがあるとか、いろいろな難癖をつけられるのはしょっちゅう。でも、今でもよく覚えている、もっとすごいエピソードがあります。ある人と商談が無事終わり、お礼に洒落たシーフードレストランで食事をしようと誘ったら、「私は宗教上シーフードを食べないので、失礼してホテルに戻ります。明日の私宛のインボイスから今夜の接待費用を差し引いておいてくださいね」と言われたんです(笑)。
――ひえ~! 油断も隙もあったもんじゃありませんね。
本当に油断も隙もあったもんじゃない(笑)。だけど、そうした丁々発止のやりとりも含めて、「出会い」を大切にする。相手もビジネスですから、厳しい商談になるのは仕方がない。でも、そうしたやりとりを重ねるうちに信頼関係が育っていくんですね。
――真珠という「商材」に魅せられた者同士の共感もありそうですね。今日も貴重なお話をありがとうございました。次回もどうぞよろしくお願いいたします。